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ルーアンの学校生活




このところ、ときどきルーアンのホームステイの様子について記事を書いていますが、はっと気がつきました。学校のことをまるで書いていないということに(笑)。

わたしとしては学校生活や授業よりも、ホームステイのほうが印象深いですね。フランス語も会話は特に授業よりも普段の生活から学んだことのほうが身についたように思うし、フランスの行事にも参加させてもらったし、なによりも「家族のありかた」についてカルチャーショックもいろいろとありましたし。。。

わたしはパリに留学しているときに、次の学校(引き続きパリにするか、地方にするか)や滞在形態(アパートを借りるか、ホームステイにするか、寮にするか)など、いろんなケースを考えて、あちこちパリで物件探しをしたり、学校見学をしたりしていたのですが、バカンス中に訪れた静かなルーアンの街に魅せられたこともあり、直接学校に電話で住所を聞いて、その足でオフィス・ドゥ・ツーリズムで地図をもらって、学校を見て、事務所で講座の登録とホームステイの手続きまでその場でしてしまったのです。

わたしが決めたのはアリアンス・フランセーズのルーアン校でした。ルーアンにはわたしが調べたときには語学学校はふたつしかなく、もうひとつの学校はとても授業料が高かったので、アリアンスにしました(笑)。わたしはフランスで語学学校は3校に通ったのですが、授業料以外で学校を決めるときのポイントは、小規模の私立の学校ということです。大学付属の語学学校にも魅力を感じたりしましたが、どちらかというと小さい家庭的な感じの学校のほうが好きなんです。クラスも少人数制のほうが発言する機会も多くなるし。

そのルーアンのアリアンスは旧市街からちょっと外れた閑静な住宅街にあって、門をくぐるとほどよいスペースの庭があり、ちょっとした個人の家みたいな風貌でした。建物は日本で言う二階建てで新しく、中に入るとエントランスは吹き抜けになっていてゆったりとしていて、大きな階段があり、二階(フランスでいう一階)の教室は大きな窓があり、天井が高く広々としていました。上の写真がその教室です。窓からはレンガ造りの家が見えてベランダもありました。

アリアンス・フランセーズのルーアン校のホームページはコチラ

アリアンス・フランセーズというのはフランス語機関としては世界最大の規模を誇っているらしく、1887年にパリに最初に設立され、今ではフランスなどヨーロッパはもちろん、日本、インドなど130以上の国で運営されているそうです。わたしはパリ校は友達が行っていたので、カフェテリアでお茶したりしてました。ニース校も潜入したことがあるのですが、各学校によって規模も施設も雰囲気も違うなーと思いました。聞いた話によると横のつながりがないそうで、その学校によってカリキュラムなども違うかもしれません。あと、札幌のアリアンスは仏検二級の二次試験の会場になっていたり、そこのスタッフの人たちとはフランス語コンクールのレセプションで話をする機会があったりと、なにかと縁があるみたいです。

アリアンス・フランセーズの主な学校のホームページは、こちらからもドウゾ。

この学校の印象としては、真面目に語学を学びに来ている生徒が集まっているといった感じで、なぜか南米の留学生が多かったです。ベネズエラからいろいろな年代の人々が来ていて、若者はもちろん会社を退職してからずいぶんたったようなおじいさんもいました。そのおじいさんはとても恰幅がよく紳士的で、クラスのみんなに休み時間にパンを振舞ってくれたり、教室に入るときも「みなさん、こんにちは!」(Bonjour,tout le monde)と挨拶するような粋なおじいさんでした。どこかホテルにでも滞在しているのかな?と思って聞いてみたら、ホームステイをしていると言っていたのにみんなで驚きました(笑)。
あと同じクラスにはベネズエラの女の子もいたのですが、彼女のお母さんが心配して付いてきて、一緒にホームステイしているというのにも驚きました。最初の頃、そのお母さんは英語もフランス語もさっぱり話せなくて、ひとりではなにも出来ないということで、彼女の授業が終わるまで毎日ひとりでエントランスのところにある椅子にじっと座って待ってました。慣れてくると、わたしにも「オーラ!」(スペイン語のこんにちは)と言ってニコニコしていました。
他にはフランス人と結婚している韓国の女の子がいて、彼女はルーアンにあるINBP(国立製パン製菓学校)に通っていて、時々手作りのパンを持ってきてくれました。将来は旦那さんとパン屋さんを開くと言っていました。
あと、中米のグアテマラの生徒も多かったです。彼らは短期の研修で大勢でやってきて、なにかシャイで素朴な感じでした。いつも同じ国同士で固まっていて、とてもおとなしかったです。
日本人の生徒ももちろんいました。ルーアンではなぜか日本人のクラスメイトと町でばったり会ったときなど、挨拶だけはフランス語でしてました(笑)。

先生たちも親しみやすく、小さな町なので落ち着いて勉強するのにいい環境だったと思います。
滞在費についても以前いたパリに比べると、物価も安くあまり誘惑もないのでお金はかかりませんでした。治安もかなりいい方だと思います。ただ長期に渡ってここで生活すると、活動的な人などは退屈してしまうかもしれません。秋から冬にかけては本当に毎日雨で、わたしはかなり憂鬱になってしましました。パリへのアクセスはいいのですが、ホームステイ先が町から離れた山の上でそこへ行くバスは終電が8時とかだったので不便でした。あと年明けに交通ストがあって、その期間は学校にもあまり行けませんでした。ヒッチハイクして登校している人もいましたが、さすがにそれはやめました。

授業内容は教科書に沿って文法中心に行うパターンが多かったのですが、たまにディスカッションや映画を観る授業もありました。日本人にはディスカッションは難しいとつくづく思いました。やはり会話は普段の生活から学ぶものだと思いました。いろいろな国の生徒たちのお国訛りのフランス語も興味深かったのですが、フランス人でもやはり出身地やその人のくせのようなものがあるので、一概には言えないなと思います。一般のフランス人がみんな、語学の先生やディクテのテープのように美しくフランス語を喋っているわけではないので、日常会話も大変です☆

ま、ざっとこんな感じですね。ルーアンの学校のおおまかなイメージは伝わったかな。
この学校で出合った外人の留学生たちは初級クラスでも日常会話は不自由していないような人たちばかりで、やはり日本のレベルとは違うなーと痛感したものです。次に行ったニースの学校で出合った外人たちはそうでもなかったのですが(笑)、やはりフランスの田舎に留学する人たちは勉強熱心で真面目な人たちが多かったので、授業についていくのは大変でしたが、ここに通ったことはいい刺激になりました。

2006年01月10日 | フランス語の学校 | こめんと 4件 | とらば 0件 | とっぷ

コメント

懐かしい!

わーアリアンス!!我が母校!
懐かしいです。私もこの教室でフランス語を勉強していました。私の部屋にもこの学校で撮った写真が飾ってありますが、フランス語が全く話せなかった自分がよくここまで成長したなーっと見ては自画自賛しちゃったりしています(笑)この学校はいろいろと問題もありましたが、アットホームな雰囲気はいいですよね。あの階段はフランスっぽくていい感じですよね。私がいたときは日本人に次いでスペイン人が多かった気がします。
私がいたときは日本人の定年退職後のおじさんもホームステイしていました。なんだかかっこいいな~っと感じました。イタリア人にはサムライと呼ばれて慕われていましたし。

2006年01月11日 / MARCH #-URL編集

MARCHさんへ

そういえば、わたしのときも日本人のおじさんが一人いました。通訳の勉強をしているとかで、上級クラスに。
スペイン人多かったですねー。なぜかスペイン語圏の生徒が多くて、吸収早いんだろうなーってうらやましく思ってました。
えっ、日本人がいちばん多かったのですかー!? わたしがいたときはイタリア人がいちばん多かったような、もちろんみんないちばん上のクラスなので交流はありませんでしたが(笑)。

こんとこ、ルーアンの記事を書いているけど懐かしいですよー、ホント。
やっぱ、いいことばっか覚えてますね。記憶って結構都合いい(笑)。

2006年01月11日 / しゃるろっと #-URL【編集

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