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「まあね」とだけ答えた

このところ「小さな王子さま」にかまけていたので、すっかり影の薄くなっているムルソー君ですが、のんびりペースながら物語の方は着実に進んでおります。

今日はママンの埋葬の場所に一同が移動しているシーンからです。ムルソーと葬儀屋のシンプルな会話からどうぞ・・・

Je lui ai dit : Comment?

「何です?」と私はいった。

この場合のcommentは、相手の言ったことがよく聞き取れなかった場合に使う表現です。もう少し丁寧に聞き返したいときはpardonの方がいいですね。

Il a répété en montrant le ciel : Ça tape.

彼は空の方をしめしながら、「ひどい照りだ」と繰り返した。

ここで「ひどい照りだ」と訳されているÇa tapeは動詞のtaperからきています。日射しが強い天気のときにこんなセリフを言うと通っぽいかもしれませんね(笑)。

J'ai dit : Oui.

「うん」と私は言った。

Un peu après,il m'a demandé : C'est votre mère qui est là?

しばらくして、彼は「あれはあんたのお母さんかね」と尋ねた。

J'ai encore dit : Oui.

「ええ」とまた私はいった。

Elle était vieille?

「年とっていたかね?」

J'ai répondu : Comme ça, parce que je ne savais pas le chiffre exact.

正確な年齢を知らなかったから、「まあね」とだけ答えた。

ここで「まあね」と訳されているcomme ça、よく見かけるフレーズなのですが、実際訳するときに曖昧すぎて難しいフレーズかと思います。わたしの持っている仏和辞典にもこのニュアンスは載ってませんでした。やはりこういう会話の表現は実際にフランス語で会話するか、仏語で小説などを読まなければ掴むことができないのでしょうね。

Ensuite,il s'est tu.

それから、彼は黙ってしまった。

ムルソーって人はいつも他人の話をちゃんと聞いていませんね。それでいながら、人間を観察するシビアな目は持っているのだから驚きます。常に会話をはぐらかせている感じで、あまり主張したり、感情を表に出したりしません。ぼんやりとした印象です。物事や外界の出来事に無関心な、なにか「参加していない」イメージですね。

そこで作者のカミュが、1957年にノーベル賞を受賞したときのスピーチを思い出したので、一部掲載させておきます。以下の文はわたしが部分的に抜き出したものですので、ご注意ください。

この時代は無関心でいることは許してくれません。
作家は一人静かに生きることをもはや望めなくなりました。今までは非関与は常に可能でした。今日ではすべてが変わって、沈黙そのものが恐るべき意味を持つようになりました。
非関与自体が一つの選択とみなされるようになったその時点で、芸術家はいやがおうにも「船出している」のです。
「参加している」という言い方よりここでは的を射ていると思われます。
私たちは大海に出ているのです。つまり、生きつづけ、創造しつづけながらということです。


ここでの「参加している」は形容詞のengagéで表されていますが、この名詞に当たるengagementという名詞は第二次世界大戦後に、同時代のサルトルの思想と一緒に世界的な流行語になったそうです。「社会参加」「政治参加」といった意味で使われたのだそうです。ただ、このengagementの使い方としては、サルトルが「人間の自由のために」使ったのに対して、カミュは「義務を負っている」という使い方で、このへんが二人の考え方の違いをうまく表していると思います。
「政治参加」ですか・・・ううむ。「社会参加」っていうのもわたしにとっては曖昧なような気が・・・、カミュさん、それは人間、たとえ芸術家であろうと参加する義務があるんだと、お考えだったのですね・・・。
「無関心でいることは許されない」と語ったカミュにとって、このムルソーのそういう部分は許されないのかしら?
わたしはこの主人公ムルソーを普通の人としてここで扱っているのですよ。特に大きな思い入れや、特異な人物としては考えていないのです。一般の人々と比較して、優れているとか、劣っているとか、そういう観点でここて取り上げているわけではないのですが、ちょっと、またムルソーという人についていろいろ考えてみようかな、最近「王子」にかまけすぎだったかしら★ なんて、思っているところに、いいタイミングで出会った記事がありました。
佐伯シリルさんの「異邦人はどこにある」コチラから

この記事の中で「地中海人気質」というフレーズが良いなと思いました。 ムルソーのことをこう語っています。

日本社会ゆえの対置的な憧れであり、地中海圏にあっては別段、珍しいタイプの人間像ではないと思うのだ。

わたしもそう思います♪
なにか南仏にいたときの時間感覚を思い出してしまいました。「人生は瞬間の連続」のように感じていた頃を。なにか「人生」ってものが軽やかなんですね。そこでは日本的な「細く長く生きる」っていう考え方はなく、「今」「この瞬間」しか存在してないような、なにか点のような時間の感覚。過去も未来もぶっとんでいる感じ。太陽の真下で。あまりにも世界が単純で美しかった頃を。

もちろん、南仏とアルジェの気候、風土は違うと思います。アルジェのほうがより太陽も強烈なのだと思うし、そこにいる人種など、あらゆるものが違うと思います。
「異邦人」の解釈や感想は今までいろんなブロガーさんの記事やサイトで読ませていただきましたが、ムルソーについて大袈裟かな・・・というのがわたしの今までの素直な感想だったので、この記事は共感を覚えました。

あ、前回、気になる脇役の方について今回触れると言っておいて、なにやらスペースが尽きてしまいました(苦笑)。そのキャラについては次回にまた延びてしまいましたね。。。重ね重ねスミマセン。

2005年10月18日 | 「異邦人」を読む | こめんと 2件 | とらば 1件 | とっぷ

コメント

Salut♪

こんにちは、しゃるろっとさん。
拙いエントリを紹介していただいて感謝です。
『異邦人』の対訳、以前からこっそり読み逃げさせてもらっていました。
翻訳にからめて語られる、しゃるろっとさんの解説や感想が楽しいです。

ちなみにengagementの訳はとても難しく
ひと言でそれを言い表す日本語が私には思い当たりません。
「参加」という言葉に含まれるポジティブさとは正反対の概念のように感じられます。
「行きがかり上、やむをえない関与」って感じでしょうか。
う~む、これじゃ長過ぎますね(苦笑)

訳文はぜんぜんヘタなので
またお邪魔して勉強させてもらいますね。

2005年10月18日 / 佐伯シリル #eHP7HEy2URL編集

佐伯シリル さんへ

こんにちは!
以前から読んでいただけていたとは、こちらこそ感謝です。
わたしのは解説というほどのものでもなく、自分ではかなりダラダラした企画だと思っていたので、読んでくれている方の声が聞けるのはうれしいです!

engagementは日本語の観念にはない、というか固い表現になってしまいますよね。
わたしが辞書に載っていなくて勝手にこの単語からイメージした日本語に「融合」というのがあります。なにか決まりごとに合わせるって感じ、日本語でいちばんピンとくる訳は「義務」って言葉かな。

わたしも訳はヘタヘタでーす。いろいろフランス語を考えることが好きなだけですね。
時には、突っ込んでいただけたらありがたいです♪

2005年10月18日 / しゃるろっと #-URL【編集

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